日本鉄バイオサイエンス学会

鉄と生活習慣病-上手に付き合って健康に- :抄録

演者:岡田 茂(岡山大学 教授)

「万里一条の鉄」という禅語に象徴されるように、鉄は永遠に連なる真理のようなものであるとの感覚を私たちは受け継いでいる。

地球上の最初の生命体から現在の多様 な生命形態に至るまでの連綿たる連なりに、鉄の果たしている役割を見ると、将に 「万里一条の鉄」は当を得ている。

鉄は生命を維持するためのエネルギー獲得反応で ある酸化還元反応の主役の座を占めており、過去、現在を通じて鉄を必要としない生 命体は考え難い。

光合成生物の発生以前、鉄は二価の酸化数を持っており、酸性・中性の環境では完全な水溶性であった。

ところが、海水中に光合成生物が誕生し、光合成の副産物として遊離酸素が発生するようになると、水に溶けていた二価の鉄は酸素と反応し、三価の鉄となっていった。

この鉄は海底に沈殿したので、これが現在では層状の鉄鉱層として露出しているところも多い。

すなわち、三価の鉄は中性付近では全くといってよいほど水に溶けない。

現在地上で見られる鉄は総て三価であり、水に溶けないので生命体はこれを摂取することが難しくなっている。

そのため、生命維持には強烈は鉄争奪戦が演じられている。

あらゆる生物は鉄を確保するための物質(キレート物質)を作り出している。

人の血中トランスフェリンもその為に特化したたんぱく質の1つである。

また、生物界を通じて鉄維持の別の方策は、鉄を排泄する機構を持たないことである。

すなわち、鉄はその生物体内ではリサイクルされている。

一方、鉄は非特異的にアミノ酸、クエン酸、アスコルビン酸、核酸などの多くの生体内低分子物質と結合し、水溶性を維持する。

このような鉄は広い範囲の酸化還元電位をとり得るので、多くの物質と容易に反応する。

鉄は荷電を二価←→三価と変化させることになる。

例えば有名なフェントン反応もこのような水溶性の鉄が触媒する反応の一つであり、その他の多くのフリーラジカル生成系の反応も鉄があれば容易に進行する。

すなわち、酸化ストレスの発生である。

このような状況が生体で起こる条件の1つが鉄過剰症におけるトランスフェリン非結合鉄の存在である。

このような理由で人には、鉄欠乏も鉄過剰も起こることになる。

鉄欠乏にならないためには、特に鉄吸収を促進するのは、ビタミンC, クエン酸などの有機酸、香辛料であり、一食当たり多く含む食品としては、レバー、赤肉、牡蛎、納豆、ほうれん草、卵黄、大豆、ごま、そば、のりなどである。

検診では血清フェリチン値の測定を忘れないように。12(ナノグラム/ml)以下にならないように。

また、男性は青年期以降、女性の閉経期以降は、極端な偏食とか、胃切除などの手術を行っていない限りはまず鉄欠乏は起こらないものと考えて良い。

もし、血清フェリチン値が低いようであれば、慢性の腸管からの出血を考えるべきで、胃、大腸、胆嚢などの検査を行う必要がある。

男性は女性に比べると貯蔵鉄が多いし、年齢が進むと多くなる傾向にある。

鉄量が正常範囲であっても、高い方が鉄による傷害を受け易い。

糖尿病、動脈硬化、高血圧、心不全などは、まだ完全な証拠が揃っているわけではないが、鉄分の多い人に強くでる。

多くの男性ははむしろ献血などにより、余分な鉄分を押さえることも考えるべきであろう。

フェリチン値は200~300を越えない方がよいであろう。

腎透析を行っている方は、静脈からの鉄分補給をおこなっていることが多いが、血清フェリチン値が500を超さないように調節すべきであろうと考える。

また、C型慢性肝炎では鉄は病気の進行に悪い影響を与える。

低鉄食、瀉血(血液を抜き、体の鉄の量を減らす)などの対策を医師と相談して行うべきであろう。

少量の飲酒は一般の人には体によいという証拠は多いが、C型慢性肝炎の患者にとっては、酒はそれ自体が肝臓毒として働き、さらに鉄吸収も増加させるので、飲酒は控えねばならない。

慢性関節リウマチとか結核のような慢性病に伴う貧血では、しばしば鉄過剰症が隠されているため、鉄補給を行っている例がある。

この場合、鉄は病状を悪化させるので、十分医師と相談して欲しい。

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