Ⅰ 鉄代謝に関する総論(1)
鉄の生理作用
鉄は生体にとって生命現象を営むうえで欠くことのできない元素である。
それは,鉄が遷移元素であり 2 価(Fe2+)と 3 価(Fe3+)の原子価状態を容易にとるため,酸化還元反応における電子授受媒体として有用であることのみならず,多細胞生物においてはヘモグロビン(Hb)やミオグロビン(Mb)などにおいて酸素を直接配位するのに適切な構造を持つことにある。
その一方で,生物は鉄がその産生を触媒する活性酸素(reactive oxygen species: ROS)に悩まされてきた。このため,細胞内では,できるだけすべての鉄を蛋白に結合させることで,その毒性を軽減し,同時に必要にして最小限の量を取り入れるための厳密な出納調節機構を獲得している。
つまり生体は鉄の特性を利用するとともに,その毒性をできるだけ軽減して,生命現象を維持しているといえる。
人体内での鉄イオンの存在様式
人体での鉄イオンの存在様式とその機能を,一括して表Ⅰ-1 に示した。人体中の総鉄量は 3 〜 5g で,その 60 〜 70% が Hb 中にある。
鉄イオンは,細胞内ではヘム鉄,鉄硫黄錯体,および 2価および 3価鉄イオンが蛋白に結合することで,その毒性が中和された形で存在している(表Ⅰ-1)。それらの蛋白は機能上,大きく次のように分けられる。
- 生命維持に積極的な役割を担っているもの(組織鉄)
- 鉄を解毒・貯蔵し,必要に応じて生命維持機構へ供給するもの(貯蔵鉄)
- 鉄の担体・生体防御に関わるもの

(1)には細胞の呼吸反応に直接深く関わっている一連のヘム酵素群(シトクロムオキシダーゼなど), TCA 回路などのエネルギー代謝に必須である鉄硫黄蛋白(アコニターゼなど),DNA 合成に不可欠な鉄イオン結合酵素(リボヌクレアーゼレダクターゼ)などが含まれる。
それらの多くはミトコンドリア内に存在している。また,DNA 複製,DNA 修復,DNA の酸化的脱メチル化反応あるいはヒストン脱メチル化酵素群の活性に鉄イオンが必要であることが見いだされゲノムの維持に重要な役割を演ずることが明らかにされてきた一方,(2)の代表はフェリチンとその変性体であるヘモジデリン(hemosiderin)で,いずれも細胞質中に存在する。
このほか,生体内には(3)の細胞間の鉄や酸素輸送などを司る蛋白質が存在する。その代表が,トランスフェリン(transferrin: Tf),ラクトフェリンおよびヘモグロビンである。
また,Poly(rC)-binding protein(PCBP)1-4 といった細胞内鉄輸送体が見いだされ,細胞内への鉄取り込みやフェリチンへの鉄輸送などに関与することが明らかにされた(図Ⅰ-1)。

その他,細胞内には微量ながら,labile iron pool(LIP)と呼ばれる,鉄プールが存在すると考えられている1)。
LIP は細胞内において鉄が蛋白質間および細胞内小器官を移動するための中継地点となり,細胞の恒常性を維持するために有効利用されていると考えられている2)。