Ⅲ 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の治療指針>2 領域別鉄剤使用法>v.スポーツ医学(2)

アスリート貧血の対処法

アスリートは軽い貧血でもパフォーマンスに影響するため,鉄欠乏性貧血の治療が必要である11)

日常生活で症状がある重症の貧血では運動を中止する。

症状がない軽度の貧血では,運動強度を下げたトレーニングが可能であれば継続してよいとされる。

慢性疲労にならずトレーニングができれば,貧血改善後に自己ベストが出ることがあるが,これは貧血期間のトレーニングが低酸素運動と類似しているためと考えられている11)

国際オリンピック委員会(IOC)医学委員会の見解12)として,供給されるべき鉄源は食事であり,食事で必要な鉄量を満たすことができない,もしくは鉄欠乏症が判明した場合にのみ鉄剤摂取が許されるとしている。

また,鉄補給は経口鉄剤で行い,血清フェリチン値が回復した時点で中止すること,鉄の非経口投与は避けるべきであるとも述べられている。

そして,日々の鉄摂取量のモニタリングが鉄欠乏症を予防すると明示されている。

また,鉄欠乏ではないアスリートの鉄補給については運動能力の向上を示すエビデンスは見受けられず,ヘモグロビン増加を期待し鉄剤補給することは倫理的な問題が生じると警告している。

サプリメント使用に関しては, 2017 年に IOC 専門家グループによる声明13)が公表されており,サプリメントは日常の不適切な食事の補完のために使用するべきではないとし,品質保証が十分な製品であっても,故意でないドーピング違反のリスクを完全に排除できないとしている。

日本においては,2016 年に日本陸上競技連盟(日本陸連)から貧血の予防・早期発見・適切な治療を目指した「アスリートの貧血対処 7 か条」が発表され,食事で適切に鉄分を摂取すること,定期的な血液検査でヘモグロビン値や血清フェリチン値の把握に努めることなどを推奨している(表Ⅲ-2-v-1)。

日本における鉄剤使用の現状

2018 年末,高校駅伝の一部強豪校をはじめ,特に中高校生の中長距競技者に対して,競技力向上を期待した鉄剤注射の不適切な利用実態が明るみに出た。

そして全国大会に出場する大学生の長距離選手を対象とした調査では,男性 11%,女性 17% が鉄剤注射の経験ありとの回答であった14)

日本陸連はこのような状況に対応するため,2019年に『不適切な鉄剤注射防止に関するガイドライン』を策定し,あわせて全国大会に出場する全選手に血液検査データの提出を求める対策を講じている。

さらに,日本医師会への競技者に対する安易な鉄剤注射に関する注意喚起依頼,そしてスポーツ庁から全国の学校や関係機関,各種スポーツ団体に向けて周知徹底が依頼されており,アンチ・ドーピングの観点も含めたモニタリングと,指導者や競技者に対する教育啓発活動が引き続き行われている。

文献

  1. Siegel AJ, Hennekens CH, Solomon HS, et al. Exercise- related hematuria: Findings in a group of marathon JAMA. 1979; 241: 391-392.
  2. Stewart JG, Ahlquist DA, McGill DB, et al. Gastrointestinal blood loss and anemia in runners. Ann Intern Med. 1984; 100: 843-845.
  3. Brune M, Magnusson B, Persson H, et al. Iron losses in sweat. Am J Clin Nutr. 1986; 43: 438-443.
  4. Peeling P. Exercise as a mediator of hepcidin activity in athletes. Eur J Appl Physiol. 2010; 110: 877-883.
  5. Goto K, Kojima C, Kasai N, et Resistance exercise causes greater serum hepcidin elevation than endurance (cycling) exercise. PloS One. 2020; 15: e0228766.
  6. Matsuo Effects of resistance exercise on iron metabolism in iron-adequate or iron-deficient rats. Korean J Exerc Nutr. 2004; 8: 1-15.
  7. Fujii T, Matsuo T, Okamura K. Effects of resistance exercise on iron absorption and balance in iron-deficient rats. Biol Trace Elem Res. 2014; 161: 101-106.
  8. Taguchi M, Ishikawa Takata K, Tatsuta W, et Restingenergy expenditure can be assessed by fat-free mass in female athletes regardless of body size. J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo). 2011; 57: 22-29.
  9. Fujii T, Okumura Y, Maeshima E, et Dietary iron intake and hemoglobin concentration in college athletes in different sports. Int J Sports Exerc Med. 2015; 1: 5.
  10. 土肥美智子 , 松本なぎさ . 女性トップアスリートと鉄欠乏性(潜在性を含む)貧血 . 日本臨床スポーツ医学会誌 2016; 24: 371-373.
  11. 川原貴 . 女性アスリートの貧血 . 産科と婦人科 2015; 82: 271-
  12. Ronald J. Maughan EDT. The Encyclopaedia of Sports Medicine: An IOC Medical Commission Publication, Sports Nutrition: Volume XIX. International Olympic Committee, Wiley-Blackwell Pub.
  13. International Olympic Committee Expert Group on Dietary Supplements in Athletes. International Olympic Committee Expert Group Statement on Dietary Supplements in Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2018; 28: 102-103.
  14. 日本陸連ジュニアアスリート障害調査委員会編 . 陸上競技ジュニア選手のスポーツ外傷・障害調査~第 4 報(2018 年度版)~大学生アスリート調査 . 日本陸上競技連盟 , 2019.

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