Ⅲ 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の治療指針>2 領域別鉄剤使用法>ⅰ.腎臓内科(1)

領域別鉄剤使用法>ⅰ.腎臓内科(1)

慢性腎臓病(CKD)に伴う鉄欠乏・鉄欠乏性貧血について

はじめに

造血のプロセスにおけるエリスロポエチンと鉄の役割を考えれば,貧血を伴う慢性腎臓病(chronic kidney disease: CKD)患者における鉄の評価および,補充は非常に重要である。

また,CKD 患者においては絶対的鉄欠乏と機能性鉄欠乏患者も混在しており,それぞれが鉄剤や腎性貧血治療薬の投与を受けている。

従来腎性貧血治療薬は,注射薬である赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis-stimulating agent: ESA)しかなかったが,近年経口薬である低酸素誘導因子 – プロリン水酸化酵素(hypoxia inducible factor-proline hydroxylase: HIF-PH)阻害薬の臨床使用が可能となった。

HIF-PH 阻害薬は,エリスロポエチン(erythropoietin: EPO)遺伝子の発現を誘導することにより内因性 EPO 産生を刺激し造血を促す。

これに加え,鉄の吸収・輸送を司る divalent metal transporter(DMT)-1,duodenal cytochrome B(DCytB),トランスフェリン,トランスフェリン受容体,セルロプラスミン遺伝子発現を誘導することにより,消化管からの鉄の吸収を亢進させるとともに,ヘプシジンの発現抑制を介して体内に存在する貯蔵鉄の造血系への供給を促進し,貧血を改善させる1)

よって,HIF-PH 阻害薬の登場により,CKD 患者における鉄の適切な評価と補充は以前よりも注目されている。

CKD 患者が鉄欠乏に至る原因

絶対的鉄欠乏の原因:CKD 患者の多くは腎性貧血を伴い,ESA または HIF-PH 阻害薬の投与を受けている。

これらの貧血治療薬は造血を誘導する際に鉄を消費する。

なかでも HIF-PH 阻害薬は直接鉄の輸送や消化管からの吸収を司る遺伝子を誘導し,鉄の造血系への利用を亢進させる機能があるため,投与中に絶対的鉄欠乏に至る症例もある。

また,血液透析患者は定期的な採血や回路内・透析膜内への残血に伴う失血(鉄として年間 400 〜 500mg 喪失)が報告されているため2),透析医療自体が透析患者の絶対的鉄欠乏の原因となる可能性がある。

機能性鉄欠乏の原因:機能性鉄欠乏とは,生体内に十分な貯蔵鉄が存在するにもかかわらず,その鉄が有効な造血に利用できない環境である。

臨床的には血清フェリチン値は正常もしくは増加しており,通 常, ト ラ ン ス フ ェ リ ン 飽 和 度(transferrin saturation: TSAT)20% 未満で診断することができる3)

CKD 患者は腎臓からの排泄障害や,尿毒症環境,過剰な鉄投与また透析医療に由来する炎症(血液と透析膜の接触,汚染された透析液)などに伴う高サイトカイン血症によって,健常者より鉄の調節因子であるヘプシジンが高値を示すことが報告されている4)

よって,多くの CKD 患者が機能性鉄欠乏を伴っている可能性がある。近年,基礎的な研究5)や臨床的な研究6)から,機能性鉄欠乏は,EPO の相対的欠乏と同様に,CKD 患者における貧血の発症・進展に強く関与している可能性が指摘されている。

さらに,大規模観察研究によって,機能性鉄欠乏を伴う血液透析患者7),腹膜透析患者8),および保存期 CKD 患者において9),心血管系合併症や死亡のリスクが高いことも示されている。

CKD 患者における鉄欠乏の疫学

ブラジル・フランス・ドイツ・米国における 5,145人のステージ 3-5 に相当する保存期 CKD 患者を対象とした調査では10),血清フェリチン値が 50ng/mL 未満に相当する患者は 15%,50-99ng/mL に相当する患者は 23%,TSAT が 15% 以下の患者は 18%,16-20% に相当する患者は 21% 存在することが示されている。

このうち,血清フェリチン値が 100ng/mL 未満かつ TSAT が 20% 未満に該当する患者は 21% 存在することが報告されている。

よって,約 2 割の保存期 CKD 患者が鉄補充の対象となる可能性がある。

また,本研究では血清フェリチン値が低い症例では推算糸球体濾過量(eGFR)が高く,TSAT が低い症例では eGFR が低い傾向を示していた。

この結果は,CKD の進行に伴い機能性鉄欠乏を伴う患者の割合が増加することを示唆している。

また,日本透析医学会が発表している『図説:わが国の慢性透析療法の現況(2022 年度版)』では, 2022 年の時点での血液透析患者の平均フェリチン値は 142ng/mL であり,血清フェリチン値が 50ng/ mL 未満の症例は 27.9% 存在した。

また, 平均 TSAT 値は 27.0% で,TSAT 値が 20%未満の患者は 31.8% 存在した。

これらの検討では,それぞれの患者における貧血の程度や鉄剤を含む貧血治療薬使用の有無との関連については検証されていないが, CKD 患者の中にも鉄剤の補充を必要とする絶対的鉄欠乏の患者が一定数存在することと,腎機能の低下に伴い機能性鉄欠乏を伴う患者が増加することを示している。

 

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