銅欠乏
銅の血中濃度:
正常値 68 〜 128μg/dL(ただし,血清 CP 濃度も同時に測定することが勧められる。)
欠乏症の原因:
先天性には,メンケス病があり, 後天性には,低栄養,消化管疾患,長期の経管栄養,亜鉛の過剰投与がある。
腸管で吸収された食物中の銅は,腸管上皮細胞の銅輸送蛋白 ATP7A 依存性に血管側より門脈に出て,アルブミンなどに結合して肝臓に運ばれる。
肝臓では肝細胞の銅輸送蛋白 ATP7B 依存性に CP など銅蛋白合成に利用され,過剰な銅は胆汁中に排泄される。
血清中の銅は CP に含まれる分画が大部分で,アルブミンなどに結合した分画は少量である。
銅欠乏では,主要なフェロキシダーゼである CPの合成が阻害されるため,CP により第一鉄(Fe2+)が酸化されずトランスフェリンへの移行が障害されるため鉄欠乏状態を呈するほか,ヘム合成系で鉄がポルフィリン環に組み込まれる際に必要な銅蛋白であるチトクローム c オキシゲナーゼの活性が低下した結果,赤芽球成熟障害が併存した複雑な貧血の病態を発症する。
先天性銅欠乏症であるメンケス病は,ATP7A 遺 伝子変異による X 染色体劣性遺伝性疾患であり,腸管上皮細胞に吸収された銅は門脈に出ることなく,上皮細胞とともに糞便中に排出される。
よってメンケス病は全身性の銅欠乏となり,生後 2 〜 3 カ月頃からけいれんなどを発症し,重度の中枢神経障害,特徴的頭髪異常,低体温などを呈する。
生後 2カ月以内に,ヒスチジン銅の経皮的投与を開始し,中枢神経障害を予防する5)。
しかし,治療開始が神経症状発症後の場合は,神経障害は全く改善しない。
後天性の銅欠乏症は,低栄養や長期の経管栄養による銅供給不足,亜鉛の過剰投与,銅過剰症であるWD に対する過度の除銅治療などで発生する。
症状としては,疲労,貧血,白血球減少などがある6)。
銅欠乏による貧血は小球性から大球性まで多彩である。
無セルロプラスミン血症
血清セルロプラスミン:
正常値 21 〜 37mg/dL,無セルロプラスミン(CP)血症の診断基準では 2mg/dL 未満
欠乏症の原因:
先天性には,無 CP 血症があり,後天性には低銅食,肝硬変,WD の除銅後(低 CP血症)がある。
無 CP 血症は,CP 遺伝子の常染色体劣性遺伝性疾患であり,肝臓において CP が産生されず,中枢神経,肝臓,膵臓などを中心に多岐にわたる臓器に鉄が沈着する。
この疾患は,わが国から初めて報告され,その 3 徴は,糖尿病,神経障害,網膜色素変性である7)。
CPが欠損しているため,細胞内の第一鉄(Fe2+)が酸化されずトランスフェリンへの移行が障害された結果,Hb 10g/dL 前後の貧血を引き起こし10%前後のトランスフェリン飽和度と低ヘプシジン血症も伴う。
鉄は臓器に沈着して過剰にあるにもかかわらず利用できないため,見かけ上の鉄欠乏性貧血となる。
典型的な症状経過は,10〜20 歳台に鉄不応性の貧血がみられ,20〜40歳頃より糖尿病を発症し,40 〜 50 歳台に神経障害を発症する。
特に50歳を過ぎると認知機能が低下する。成人患者への治療は確立されていないため,治療の目的は,膵臓のラ氏島や中枢神経系への鉄蓄積とそれによる実質細胞の壊死・間質化を防ぐことである。
無CP血症は,フェロキシダーゼ活性が低下しているため,過剰に蓄積した鉄を細胞から血液へ輸送できない結果,造血能が極めて悪い。
よって瀉血による除鉄ができない。
経口鉄キレート剤は肝臓からの除鉄はできるが,他臓器からの除鉄効果は確認されていない。
よって早期から鉄対策を行い中枢神経系の合併症を防ぐことが大切となる8)。
幸い,本症の貧血は軽微であり,治療の対象とはならない。
WD は ATP7B 遺伝子変異による銅過剰症であり銅の利用障害のため,低 CP 血症となる。
除銅治療を行うとさらに血清 CP 値は低下する。
多くの患者は診断時から,銅と鉄の過剰症を持っており,除銅治療による鉄蓄積が促進する9)。
WD 患者に対するトリエンチンによる除銅治療を長期にわたり受けた 37 歳の男性患者に鉄過剰と貧血が現れ,薬剤の減量により,貧血は速やかに改善された。
肝機能障害と貧血を引き起こした原因として過剰な銅欠乏が疑われた10)。
したがって,WD で治療を受けている患者では,銅と鉄の状態を観察することが重要である。
文献
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