Ⅲ 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の治療指針>2 領域別鉄剤使用法>ⅲ.産婦人科(1)

領域別鉄剤使用法>ⅲ.産婦人科(1)

妊婦貧血,過多月経などに伴う貧血への鉄剤使用

概念,定義

貧血とは単位容積血液中のヘモグロビン(Hb)量が減少している状態を指す。

産婦人科領域では妊娠に伴う妊婦貧血,婦人科領域では子宮筋腫による過多月経に伴う鉄欠乏性貧血が代表例であるが,図 Ⅲ-2-iii-1 に示すように鑑別すべき産婦人科領域の疾患がある。

子宮筋腫といった過多月経を伴う婦人科疾患では,他科領域と同様の一般的な鉄欠乏性貧血の取り扱いとなる。

しかしながら,妊婦において最もよくみられる妊婦貧血は,循環血液量の増加による生理的血液希釈に鉄需要の亢進が加わった結果生じる貧血であり,診断管理は婦人科疾患例での鉄欠乏性貧血と一部異なる。

病態

非妊娠時と妊娠時では鉄吸収排出が異なる点に加え,妊娠時の血液希釈の生理を理解する必要がある。

一般に食事により摂取される鉄の量は 1 日約 10mgで吸収される量は約 1 〜 2mg である。

女性ではHb鉄は 1700mg, 貯蔵鉄は 300mg とされ, 便, 尿,汗といった生理的鉄喪失量は 1 日約 1mg であるが,月経のある女性の場合にはこれに加えて月経によりさらに 1 日平均約 0.55mg(月経周期あたり約 16mg)が失われる。

過多月経(経血量> 140mL/周期)では約 60mg/ 周期以上の鉄を喪失するため,推奨鉄摂取量は 16mg/ 日以上となり,国民健康栄養調査からは食事のみでは容易に鉄欠乏を惹起すると推測される1)

また,ジョギング,競泳,サイクリングなどの激しい運動を定期的に行っている女性の多くでは,体内の鉄の量が基準値以下となる傾向がある。

ランニング後の消化管失血や赤血球の代謝周期が加速することや,ランニング中に足の中で赤血球が破裂する可能性もある。

したがって,定期的に激しい運動を行う人の鉄必要量は 30% 増加すると考えられる。

一方,経口避妊薬を服用している女性は,服用に伴い一般的に経血量が減少するため,鉄欠乏性貧血のリスクは低くなる。

妊娠時には胎児・胎盤の形成に 320mg,赤血球容量が妊娠中期から後期にかけて 10 〜 15% 程度増加するため母体 Hb 量に 300mg,排泄される鉄 280mg を合わせ約 900mg の余分な鉄摂取が必要とされる。

妊娠中,循環血漿量は非妊時の 45% の増加があり,その結果,希釈性も加わった妊娠貧血の原因となる。

妊娠前半は無月経であるため,鉄の喪失は減少するが,妊娠中後期では前述したように需要が増加し,約 300mg といわれる妊婦自身の貯蔵鉄量だけでは十分対応できず,鉄の補充が必要となる(図Ⅲ-2-iii-2)。

日本人の食事摂取基準 2020 年版2)では,妊娠により追加で必要な鉄摂取量は妊娠初期 2.5mg/ 日,中期・後期 9.5mg/ 日としている。

これらは,月経がない場合の推定平均必要量および推奨量に付加する値である。

ただ,十分な補充がなされた場合,母体赤血球増加に伴い赤血球内に貯蔵される鉄は,分娩時出血量が多くない場合には,妊娠終了とともに母体に還元されることになる3)

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