Ⅲ 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の治療指針>2 領域別鉄剤使用法>ii.消化器内科

領域別鉄剤使用法>ii.消化器内科

消化器疾患における鉄剤使用

消化器疾患における鉄欠乏

消化管からの出血は,鉄欠乏性貧血の主因の 1 つである。消化器症状を伴わない場合においても,原因検索のための消化管検査を行ったところ 37% に出血源(潰瘍,悪性腫瘍等)が認められたとの報告がある1)

炎症性腸疾患(inlfammatory bowel disease: IBD),悪性腫瘍や慢性肝疾患では,消化管からの出血に加えて網内系における鉄再利用障害による貧血(anemia of chronic disease: ACD)が背景に存在する場合があり,鉄剤投与により鉄過剰症が惹起される可能性がある。

また出血源がなくとも, Helicobacter pylori の長期感染が鉄吸収を妨げ鉄欠乏性貧血の原因となることが明らかとなっている2)

消化器疾患における鉄欠乏の治療においては,背景疾患の治療と鉄の投与経路ならびに投与量に留意する必要がある。

消化管出血

胃・十二指腸潰瘍あるいは胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease: GERD)では,原因疾患に対する治療薬に加えて鉄剤の投与を行う。

経口鉄剤の副作用には消化器症状が多く,また便が黒色となり,潰瘍の病勢判断が困難となるため,急性期には静注療法を行う。

経口鉄剤での治療時には,プロトンポンプ阻害薬や H2 受容体拮抗薬による鉄吸収低下を念頭に置く必要がある。

このほかに,小腸ダブルバルーン内視鏡とカプセル内視鏡の普及により, 非ステロイド性消炎鎮痛薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs: NSAIDs) や低用量アスピリンに起因する小腸粘膜障害と診断される症例が増加している。

特に高齢者における鉄欠乏性貧血例では薬剤使用歴の問診が重要である。

Helicobacter pylori 感染

経口鉄剤不応性の鉄欠乏性貧血のうち,消化器疾患としては Helicobacter pylori 感染が挙げられる。

胃液の pH 上昇などによる鉄吸収の阻害によって,出血がなくとも鉄欠乏性貧血を発症し得る。

除菌療法が成功した場合には鉄吸収が回復し,鉄欠乏性貧血が改善することが報告されている。

慢性肝疾患

ウイルス性慢性肝炎,アルコール性肝障害,非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steatohepatitis: NASH),自己免疫性肝炎や原発性胆汁性肝硬変などの慢性肝疾患においては,過剰鉄による肝細胞障害の増悪に留意する必要がある3)4)

特に C 型慢性肝炎と NASH においては消化管からの鉄吸収が亢進するとの報告もあり5)6),十分な鉄貯蔵を目指すのではなく,鉄剤投与量を必要最低限とするのが望ましい。

血清 ALT,AST 値と Hb 値をモニタリングし,可能であれば血清フェリチン値が 20 〜 30ng/mL に上昇したところで,一旦鉄剤の休薬を検討する。

IBD

潰瘍性大腸炎やクローン病などの IBD では消化管出血のみならず摂食不足や吸収障害により,鉄欠乏状態が高頻度で認められる7)

一方で,免疫抑制薬による骨髄抑制あるいは ACD を合併することが稀ではない。

ACD の発症機序としては,炎症性サイトカインによる赤芽球前駆細胞の増殖抑制,エリスロポエチンの産生低下に加えて,ヘプシジンの産生増加による網内系からの鉄放出障害(鉄再利用障害)が知られている8)

したがって,IBD 患者における貧血治療は原疾患の改善が優先される。

経口鉄剤は腸管炎症の増悪をきたすため,鉄剤の使用を要する場合には静注で投与を行う。

IBD 患者においては,静注鉄剤が経口鉄剤に比べて早期から長期間にわたり効果を発現し,また投与に伴う有害事象が少ないことが報告されている9)

表Ⅲ-2-ii-1 に IBDにおける鉄剤の使用法を示す10)

最近,一度に 500 〜 1000mg の静注投与ができるカルボキシマルトース第二鉄やデルイソマルトース第二鉄が使用可能となり,治療の選択肢に加わった。

連日の通院が困難な症例に適しているが,鉄過剰症の発生に注意し,症例背景因子(体重,Hb 値)に応じて投与量と投与回数を調節する必要がある。

具体的な投与方法については,本書の他項を参照されたい。

文献

  1. Annibale B, Capurso G, Chistolini A, et al. Gastrointestinal causes of refractory iron deficiency anemia in patients without gastrointestinal symptoms. Am J 2001; 111: 439-445.
  2. 日本消化器病学会 Helicobacter pylori 治験検討委員会 . Helicobacter pylori 治験ガイドライン . 日消誌 1999; 96: 199-207.
  3. Kato J, Kobune M, Nakamura T, et al. Normalization of elevated hepatic 8-hydroxy-2’-deoxyguanosine levels in chronic hepatitis C patients by phlebotomy and low iron diet. Cancer Res. 2001; 61: 8697-8702.
  4. Tanaka S, Miyanishi K, Kobune M, et al. Increased hepatic oxidative DNA damage in patients with nonalcoholic steatohepatitis who develop hepatocellular carcinoma. J 2013; 48: 1249-1258.
  5. Nishina S, Hino K, Korenaga M, et al. Hepatitis C virus- induced reactive oxygen species raise hepatic iron level in mice by reducing hepcidin transcription. Gastroenterology.2008; 134: 226-238.
  6. Hoki T, Miyanishi K, Tanaka S, et al. Increased duodenal iron absorption through up-regulation of divalent metal transporter 1 from enhancement of iron regulatory protein 1 activity in patients with nonalcoholic steatohepatitis. Hepatology. 2015; 62: 751-761.
  7. Gisbert J, Gomollón F. Common misconceptions in the diagnosis and management of anemia in inflammatory bowel Am J Gastroenterol 2008; 103: 1299-1307.
  8. Nemeth E, Rivera S, Gabayan V, et al. IL-6 mediates hypoferremia of inflammation by inducing the synthesis of the iron regulatory hormone hepcidin. J Clin Invest. 2004; 113: 1271-1276.
  9. Abhyankar A, Moss AC. Iron Replacement in Patients with Inflammatory Bowel Disease: A Systematic Review and Meta- analysis. Inflamm Bowel Dis. 2015; 21: 1976-1981.
  10. 日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会 . 鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂 [ 第 3 版 ]. 札幌 , 響文社,

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